自己中心的な人間はどこに行っても、嫌悪される。職場にいるあの人も。
「ポッポ焼きは売れますって。ポッポ焼きは」
皆藤さんは力説する。新潟の菓子メーカーで商品企画部に勤務する私に詰め寄る。
「新潟のおやつ、ポッポ焼きは!」
「わかりましたって。わかりましたから」
皆藤さんは基本、距離感がおかしい。
自分の言いたいことは是が非でも口にする。反対しようものなら、何倍にして返してくる。
「分かってくれましたか? じゃ、企画書を」
と、無造作に企画書をペラ1枚。
「いや、あの ……」
「前向きに検討を。じゃ、休憩なんで」
そう言って、皆藤さんは休憩時間に入る。時刻は正午。お昼休みだから。
ほかの社員は皆藤さんを煙たがり、最低限の付き合いに留める。
私も上司として、彼の自己中心的な性格を軌道修正できるのであれば、この上ない。
その日の帰り道。最寄りの坂井輪図書館に立ち寄り、予約した小説を借りる。
新潟出身の作家、福田清張の「西国無双」を読みたくて。物語の概要は新潟から、遠く離れた九州の福岡県柳川市。かの地を治めた戦国大名、立花宗茂の生涯。
貸出カードをカウンターでスキャンして、待つ間、返却間もない可動式の本棚に視線が止まる。そのうちの一冊が私の琴線に触れた。
「ストーカーの心理学」
私は借りた。「西国無双」はバッグに詰め込み、図書館の片隅でちょこんと腰かけて。
ストーカーは世間一般的に忌み嫌われる。むしろ、好きな人がいるのだろうか。
私は読み進めるうちにストーカー予備軍になり得る性格、行動で思い当たる人がいた。
「皆藤さんだ」
ストーカー予備軍の特徴はざっとあげれば、こんな特徴が文中に書いてある。
〇独占欲が強く、嫉妬深い
〇思い込みが強く、頑固
〇社交的でフレンドリーな性格
その他諸々、書き記される特徴はすべて、
「皆藤さんだ」
私のなかで確信がもてる。彼と接してからこれらの特徴は思い当たりすぎて
「怖い」
その翌日から私は皆藤さんと距離を置く。
「ポッポ焼きの企画、どうなりました?」
と、皆藤さんは私に詰め寄る。
やっぱり、距離が近い。常軌を逸する言動に得心する。
それから3か月。
私は本に書いてある通り、対策を講じる。
ストーカー予備軍は極力、距離を置くのが最善策。それから念には念を入れて、社内のハラスメントを対策する部署にも連絡。
「皆藤さん、その気があるようで」
と、沈痛な表情を浮かべる私に対応する若狭さんは私の彼氏。
「わかりました。くれぐれも気をつけて」
若狭さんは表向き、私を気遣い、社内恋愛をひた隠しにする。
「ありがとうございます」
私は嬉しくて、彼に惚気て、職場のデスクに戻るなり、LINEを連投。
だけど、若狭のLINEに既読はつかない。
「おかしいな」
「あの」
その時、音もたてず、皆藤さんが虚ろな顔で私の前に立ちはだかる。突然のことに椅子から転げ落ちて、年甲斐もなく悲鳴を上げた。
「助けてー」
すぐさま、ほかの社員が駆けつけて、何事かと、ひと悶着。
ところが皆藤さんは予想外の辞表を提出。
「お世話になりました。では、お元気で」
突然のことに私をはじめ、ほかの社員も瞬きを繰り返して、皆藤さんの退職願を受理。
結果オーライ。これでよかったのかも。
「だと、思わない?」
その夜、私は彼氏のマンションで腕によりをかけて、手料理をふるまう。
まだ、彼は帰ってきてはいない。だから、サプライズで。
その後、カギを開ける音が聞こえてくる。
「帰ってきた。おかえりー」
私はガスレンジの火を止めて、エプロンの紐を外したその時、若狭さんは見慣れない女と帰宅する。
「誰よ? その女」
と、睨みをきかせる私に若狭さんは吼えた。
「アンタこそ、オレの家で何してんだよ!」
「……え?」
私は現実に立ち戻る。そして、逮捕された。
容疑は住居侵入罪。身柄は警察に預けられる。
「そういえば……あの本に書いてあったよね」
私は連行されるパトカーの車内で思い出す。
〇妄想的で思い込みが激しい
「ポッポ焼き……若狭さんと食べたかったな」