「新潟だったかな、すごいおっきい花火大会あるよね?」
くたびれたソファに転がりながら君が言った。
「あ~。長岡花火?」
ニュースで耳にしたことがある言葉をそのまま吐き出す。
「多分それ!今年あれ行ってみたい!」
弾んだ声で、もう夏の旅行を想像する君。
「お~。良いけど、ちょっと遠くない?長野より上でしょ?」
「え~。良いじゃん~。子供の頃から行ってみたかったの。」
「今調べたけど、高速で5時間半だよ?東京より遠いよ?この時間の車移動、絶対酔うよ?もうゲロゲロだよ?」
気まずそうな顔で君は唇を尖らせた。
「...ん~、それはほら、酔い止めとかでなんとかするから!ねえ、行こっ?お願い!」
子供がおやつをねだるようにチラチラと僕の眼を見る。この顔をされると僕の負けは確定だ。
「...ん~、わかったよ。行こっか!」
僕の一言で、君の顔にパッと花が咲いた。
「やったあー!!!!!!!!!ありがとう大好き!」
君は両腕を広げて僕に飛び込んでくる。
「現金な奴だなあ~。よし、そうと決まったらホテルとかさっさと予約しちゃお。」
小さな長方形の画面に顔を寄せる君と僕。
あんなに喜んでいたのに。
念願だった長岡花火へ向かう前日、大きな音も、目を見開くような大きな花も、何も残さずに君は空へと昇った。
あれから、何度、君を憎んだだろう。
何度、自分に呆れたんだろう。
何度、君を愛おしく思ったんだろう。
でももう良いや。
長い間、待たせてごめんね。
50年越し、やっと君と長岡花火を観られる。
上から見ることになってしまったけど。
『ピーッ。』
無機質な部屋の中で、冷たい機械音が鳴り響く。
「この爺さんのファイナル・レコードはどんなだった?ライフ・レコード社に売れそうか?」
ヒューマノイド看護師のサムが粗雑に問い掛ける。
「急かすなよ。ちょっと待ってろ。」
同期のロニーは気怠げにファイナル・レコード録画システムに冷ややかな指先をかざした。
「あ~。あれだ。50年前に死別した奥さんとの最後の春ってとこだな。そこそこの値段にはなるんじゃないか?」
「50年前なんてまだ俺等が存在しない時代じゃねえか。
人間ってのは、どうして1人の人間にここまで固執するのかねえ。」
「まあ、俺等にはわからん何かがあるんだろ。計算や数字では測れない〝何か〟が。」
「そういうもんか。」
2体のロボットが硬く冷たい両足を、コツコツと鳴らして遠ざかる。
冷たい足音をつんざくかのように、日本の夏が始まる合図がした。
『ヒューーーーーーーーーーーーッ。ドンッ。』
窓の外では、きらきらとした光の玉が藍に染まった夏の空を覆い尽くすように咲いていた。