にいがたショートストーリープロジェクト2026

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湯気が消えない夜 もと 著

 新潟駅に降りた瞬間、息が白くなった。
 私はその白さを見て、やっと自分が「ここまで来てしまった」のだと認めた。
 本当は、来る予定なんてなかった。
 家のこと、仕事のこと、作りかけの原稿のこと。やることが増えるほど、頭の中だけが忙しくなって、心が置「旅程を作りますか?」
 スマホが聞いてきて、私は反射的に「はい」を押した。AIが提案してきた予定は、無駄がなくて、正しくて、̶̶でも、今日の私は“正しさ”が欲しいわけじゃない。
 駅前のコンビニで、紙コップのホットを買った。ふたの小さな穴から湯気が細く立ち上る。両手で包むと、熱萬代橋へ向かう道は、知らないのに不安じゃなかった。むしろ、知らないからこそ、目に入るものが全部、新橋の上は風が強かった。水面は光を受けて、鈍く揺れている。欄干に手を置くと冷たい。その冷たさの奥に、̶̶ここを、何万人も渡ってきたんだ。
 私はポケットの中でスマホを握り直した。

 途中で止まっているものがいくつもある。絵本の続き。漫画のコマ。明日の投稿文。あと一歩なのに、手が止画面を開き、AIに打ち込む。
「“途中のまま”って、だめかな」
 すぐに返事が表示された。
「途中は、進行形です。完成の前にしか存在しません」
 正しい。正しすぎる。
 私は小さく笑ってしまった。橋の上で、一人で。正しさは、いつも私の背中を押してくれる。でも、押される風が強くて、湯気はすぐ横へ流れる。まっすぐ上がれない。それでも、消えない。形を変えながら、ちゃんとそのとき、少し先で子どもの声がした。
「見て!白い鳥!」
 大人が笑って答える。
「トキじゃないよ。ここだとカモかな」
 トキ。私はその言葉だけ、胸の奥に入れておいた。新潟の象徴みたいな生き物。見えなくても、いると思うだ
 私はもう一度スマホを開いた。今度はAIじゃなく、自分に向けてメモを打つ。
「今日は、橋を渡った。湯気が消えなかった。だから、私も消えない」
短い文章だった。でも、この短さなら抱えられると思った。全部じゃなくていい。明日いきなり完璧じゃなく萬代橋の向こう側へ、一歩踏み出す。
 冷たい欄干の感触が、なぜか「大丈夫」と言っているみたいだった。