にいがたショートストーリープロジェクト2025

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萬代橋の灯 泉諒 著

萬代橋の灯

 

「おじいちゃん、また橋の絵描いてるの?」

 僕が声をかけると、祖父はにっこり笑って答えた。「そうだよ。万代橋は何度描いても飽きないからね。」

 祖父のアトリエは、築70年の古い家の一室にあった。窓の外には新潟市の万代橋が見える。祖父は毎日、その橋を描き続けていた。

 当時小学5年生だった僕は、祖父の絵を不思議そうに眺めながら、どうしてそんなに橋が好きなのか尋ねた。祖父は笑いながらこう言った。

「橋ってのはな、行きたい場所に連れていってくれるものだ。それが絵にできたら、最高じゃないか。」

 その言葉が何となくわかったのは、ずっと後のことだ。

 祖父が亡くなったのは、僕が高校2年生の夏だった。あの頃は部活に明け暮れていて、祖父のアトリエに顔を出すことはめっきり減っていた。

 ある日、母から電話がかかってきた。

「明、ちょっといい? おじいちゃんの遺品整理の手伝いに来てほしいんだけど。」

 嫌だとは言えなかった。

 久しぶりに訪れた祖父の家は、すっかり空気が変わっていた。家具が片付けられたリビングは広く感じたし、いつも祖父がいたはずのアトリエには、ただ古びたスケッチブックと絵筆だけが残っている。

 その中で目に留まったのは、大きなキャンバスだった。万代橋の絵だ。ただ、これまで見たどの絵とも違っていた。

 キャンバスには夕焼けに染まる万代橋が描かれていた。その色彩の鮮やかさに思わず見惚れたが、なぜか一部だけ未完成だった。橋の右端が空白のままなのだ。

「おじいちゃん、最後の絵、描き切れなかったんだな。」

 母に聞いてみると、「これを完成させることが夢だったみたい」とだけ言って、絵に関する詳しい話はしなかった。ただ、「あんた、これ持っていけば?」と絵を僕に譲ってくれた。

 家に持ち帰ったその絵をじっと見つめていると、僕の胸の中にじわじわとした感情が湧いてきた。それは懐かしさと寂しさ、そしてほんの少しの後悔だった。

 夏休みの間、僕はその絵を毎日眺めた。学校の課題もそっちのけで、祖父の絵を完成させる方法を考えていた。だが、どう描けばいいのか全くわからない。

「行きたい場所に連れていってくれる絵、か。」

 祖父の言葉を思い出しながら、僕は万代橋へと足を運んだ。

 

 夜の万代橋は、昼間とはまるで別世界だった。川面に映るライトアップの灯りが揺れていて、その光景はどこか幻想的だった。

「こんなにきれいだったんだな……。」

 僕は橋の真ん中に立ち、夜風を浴びながらぼんやりとその景色を眺めた。そして、ふと思いついた。

「そうだ、写真を撮っておこう。」

 スマホを取り出し、ライトアップされた橋の全景を撮影する。角度を変えたり、橋の下から撮ったり、何枚も撮った。

 その中の一枚を見て、僕はハッとした。そこには、夜空に浮かぶ星が写っていたのだ。

 家に戻り、キャンバスを広げた。

「これだ。これで完成させられる。」

 絵筆を手に取ると、不思議と迷いはなかった。祖父が残した色合いに合わせながら、未完成だった部分に星空を描き足していく。

 完成した絵は、まるで新しい命を吹き込まれたように輝いていた。

 

 夏休みが終わる頃、その絵を学校の美術の先生に見せた。すると、先生は驚いた表情を浮かべた後、「ぜひコンクールに出してみなさい」と言ってくれた。

 結果、絵は地域の美術展で特別賞を受賞した。

「おじいちゃん、やったよ。」

 祖父の遺影の前でその結果を報告すると、写真の中の祖父がいつもより笑っているように見えた。

 

エピローグ

 

 万代橋の灯は、今も僕の中で輝いている。それは、祖父が教えてくれた「夢」や「行きたい場所」に向かう大切さそのものだと思う。

 僕はこれからも絵を描き続けるだろう。そしていつか、祖父のように誰かに夢を届けられるような絵を描いてみたいと思っている。