美しい川辺に白いキツネが住んでいました。
ひとりぼっちのキツネは、さみしくなんかありませんでした。
退屈もしませんでした。
真っ白な毛並みと緑色の瞳をもつキツネは、光るものが大好きでした。
お日様の光で川面がキラキラする様子がとくに好きでした。
キツネは天気のいい日には川辺で石拾いをして遊びました。
平らな石を見つけて、川の表面を滑らせるように投げました。
小石は水をはね散らかして、ジャンプしながら遠くまで飛んでいくのです。
キツネはあきずに石を投げて水がキラキラ舞う様子をながめました。
ある年のとびきり寒い朝のこと。
川にはうっすらと氷がはっていました。
石を投げて割ってしまうのは嫌でした。
キツネは氷のキラキラも好きだったからです。
お日様があたって青く輝く様子をじっとながめていました。
キツネはふかふかのしっぽを持っていますから、ちっとも寒くありません。
すると川の向こうから、誰かが近づいてきます。
氷の上をスイスイ滑っているようです。
赤い服を着た女の子でした。
ゆきんこだ。
キツネはゆきんこに会うのは初めてでしたが、すぐにわかりました。
ゆきんこは半袖のワンピースを着て、真っ赤な長靴をはいていました。
真冬にこんなかっこうをしているのはゆきんこだけです。
「こんにちは、キツネさん」
ゆきんこはていねいにおじぎしました。
「こんにちは、ゆきんこさん」
キツネもていねいにおじぎしました。
「一緒に遊ぼう」とゆきんこが言いました。
ふたりで氷の上を滑ろうと誘うのです。
キツネは戸惑いました。
氷の上を滑ったことはありません。
「ちょっとこわいな」
川の氷は薄くて、キツネがのったら割れてしまいそうでした。
「だいじょうぶ」
ゆきんこはくるくる氷の上でまわってみせました。
一回まわるごとに、氷はどんどん厚くなっていきます。
最後にゆきんこはドシンと尻餅をつきました。
「ほら、転んだってへいき」
ゆきんこはキツネにおいでおいでをしました。
キツネは勇気を出して、氷の上に足をのせました。
ゆきんこはキツネに氷の上の歩き方を教えてくれました。
最初はおっかなびっくりだったキツネも、すぐにスイスイ滑れるようになりました。
ゆきんこはさっき尻餅をついたのがうそみたいに、とても上手に氷の上を走りました。
二人は追いかけっこをして遊びました。
「キラキラしてとっても綺麗」
ゆきんこはまぶしそうにキツネを見て笑いました。
キツネの白い毛並みが氷の上で反射して銀色に輝くのです。
キツネはビュンビュン速く滑っては、何度も転びました。
キツネが転ぶたびに、ゆきんこはキツネを優しくなでてくれました。
キツネにはふかふかの毛皮がありますので、転んでも痛くないのです。
ゆきんこの手はほんのり冷たいのに、なでられたところが暖かくなるのが不思議でした。
キツネはこんなふうに誰かになでられたことはありませんでした。
たくさん走りまわったふたりは、ひと休みすることにしました。
「綺麗な緑」
ゆきんこはキツネの瞳をのぞきこんで言いました。
キツネの瞳はお日様に当たると若葉のように輝くのです。
キツネは照れくさくなって、近くにあった石を転がしました。
キツネが石の違いをひとつひとつ話すと、ゆきんこはすぐに石拾いに夢中になりました。
ふたりはお気に入りの石を見つけて、見せっこすることにしました。
キツネはいつものように、よく飛びそうな石をたくさん拾いました。
石がジャンプして川面を飛んでいくところをゆきんこに見せてあげたいと思いました。
しばらくすると、ゆきんこが大きな声でキツネを呼びました。
「この石、キラキラしてる」
ゆきんこの手のひらには、白っぽい石がありました。
「よく見て」
ゆきんこがその石をお日様にかざすと、キラキラと緑色に輝きました。
「うわあ、すごい」
キツネは毎日のように石拾いをしていましたが、こんな綺麗な石を見たのは初めてです。
美しい石でした。
キツネはキラキラ輝く石にすっかり心を奪われました。
「キツネさんみたい」
ゆきんこが嬉しそうに言いました。
白と緑。
たしかにキツネの毛並みと瞳の色に似ている気もしました。
すごく綺麗だ。
ぼくもこんな石がほしい。
どうして見つけたのがぼくじゃなかったんだろう。
キツネはなんだか悲しくなりました。
楽しかった気持ちがしぼんで、石拾いが急につまらなくなりました。
ゆきんこはしょぼんとしたキツネを見つめて、その石を差し出しました。
「これ、キツネさんにあげる」
キツネはハッとして、とたんに恥ずかしくなりました。
ゆきんこは不機嫌になってしまったキツネに気を遣ってくれたのです。
「もらえない」
キツネは首を振りました。
「交換だよ」とゆきんこは言いました。
「キツネさんが見つけた石と交換しよう」
キツネが探していたのは平べったい石ばかりで、どれひとつ輝いてはいません。
とてもゆきんこにあげる気にはなりませんでした。
「だめだよ」
キツネはまた首を振りました。
「今日じゃなくてもいいの」
ゆきんこはキツネの首を優しくなでました。
「明日でも明後日でも、いつでもいいの。素敵な石を見つけたら、それをちょうだい」
キツネはなんだか胸がいっぱいになって、ドキドキしながら石を受け取りました。
「うん。約束するよ」
ゆきんこがくれた石はすべすべとして、ほんのり冷たくて、まるでゆきんこのようでした。
キツネとゆきんこは冬中一緒に遊びました。
氷の上を滑ったり、雪玉を投げ合ったり、キツネお得意の石投げもしました。
カチンコチンに凍った川も、ゆきんこが足をトントンするとそこだけ氷がとけるのです。
キツネが石をジャンプさせると、ゆきんこは手をたたいて喜びました。
ゆきんこはキツネのために雪の結晶をたくさん作ってくれました。
雪が降る中をふたりでかけまわりました。
青く輝く川をふたりでながめました。
ゆきんこと一緒に見るものは、なんでも光って見えました。
ゆきんこがくれた特別な石よりも、ゆきんこはキラキラしていました。
楽しい冬はあっという間にすぎました。
川の氷がとけはじめました。
雪もあんまり降らなくなりました。
ゆきんこはもうすぐ遊びに来られなくなるのです。
キツネはまだ、ゆきんこにあげられる石を見つけていませんでした。
ゆきんこにキラキラの石をあげたい。
ゆきんこにぴったりの素敵な石。
ゆきんこがとびきりの笑顔で喜んでくれる石。
キツネはゆきんこの顔を思い浮かべると、胸がぎゅうっと苦しくなりました。
キツネはもうひとりぼっちに戻るのは嫌でした。
春なんていらない。
夏も秋もいらない。
ずっとずっと冬が続けばいい。
キツネはゆきんこからもらった石を抱きしめて、ただひとつのことだけを願いました。
ゆきんことずっと一緒にいたい。
ずっとずっと一緒にいたい。
山に最後の雪が降った朝。
ゆきんこは川辺で美しい石を見つけました。
ゆきんこが綺麗だと言ったキツネの瞳と同じ色でした。
お日様の光を受けてキラキラ輝く石を、ゆきんこは胸に抱きしめました。