にいがたショートストーリープロジェクト2025

にいがたショートストーリープロジェクトに投稿された作品を掲載しています

みかん色のろうそく 小野みふ 著

 寒い冬の夜のこと。

 幹生がぼんやり座布団に座っていると、トラねこのギャビーがひざに飛びのってきました。

 夕食をとってからずっとテーブルに向かっているのに、スケッチブックはまっ白いまま。〈子どもたちが笑顔になる、新しい板チョコの楽しみ方〉というテーマで、明日までに一枚仕上げなくてはならないのです。

「こまったな。ちっともいいアイデアがうかばないや」

 壁の時計をちらりと見やれば、もうすぐ零時。終電車が勢いよく通りすぎて、冷たい夜風が古びたアパートの窓をカタカタゆらします。

 幹生はぶるりとふるえて、電気ストーブのつまみを〈強〉にしました。課長の低い声が、激しく吹きすさぶ風にのって聞こえてきます。

「君にはがっかりだよ。次々と後輩たちにおいぬかされて、悔しくないのかね?」

「す、すいません……」

 小さな広告代理店で働き始めたのは、かれこれ四年半前のこと。必死にねばって考えても、なかなかうまくいかず、毎日へこへこ頭を下げてばかり。

「はあー、まいったなあ」

 大きなため息をもらしたそのとき、家中の明かりがパチッと消えました。

 カーテンを開けてみれば、どこもかしこも不気味なほどまっくら。

 みゃあ、みゃおーん!

「チェッ、こんなときに停電か」

 幹生は舌打ちして、ギャビーの背中をひとなでしました。黄色く光る瞳に、「めげてはだめにゃん」とはげまされて、後ろをふり返ります。

(たしか、ろうそくがあったはずさ)

 本棚の引き出しをがさごそあさって、みかん色の細長いろうそくを取り出しました。ずいぶん前に、友人から海外旅行のおみやげにもらったのです。

 幹生は、すばやくライターで火をつけました。銀色のトレイにロウを垂らしてのせると、部屋がまわっと明るくなりました。さわやかな香りがただよって、ギャビーがしっぽをもいもいふります。

「ほっ、落ち着くな」

 かすかにゆらめく炎をじっと見つめているうち、子どものころ、いちごのデコレーションケーキにろうそくを並べて誕生日をいわったことを思い出しました。それから、ほんやら洞の中でろうそくを立てて、おもちを焼いて食べたことも。やわらかいともしびが、大切な友達とむじゃきなギャビーをやさしくてらしていましたっけ。

「ククク、なつかしいや」

 幹生はえんぴつを持ち直して、いくつも小さな丸をかいていきます。

 ふるさとの十日町に降りしきる、まっ白い雪、雪、雪。

 お母さんがつくってくれた、毛糸の手ぶくろとダッフルコートもかきました。

「少し寒くなってきたぞ。とっておきのコニャックでも飲むか」

 ちょっぴり短くなったみかん色のろうそくをにぎって、台所に急ぎます。冷蔵庫を開けて、一番上の段に置かれたこはく色の小びんをつかみました。

 にゃおにゃお、にゃーお。

 ギャビーがのどをゴロゴロ鳴らして、足元にすりよってきます。

「もぞもぞして、くすぐったいよ」

 幹生はくふくふ笑って、ちょこんと首をかしげました。

(おや、おかしいな。何か冷たいものがあたったような……)

 額をさわりながら頭上をあおぐと、わた雪がはらはらまっています。いつのまにか、手ぶくろをはめて、ダッフルコートを着ています。

「さあ、行きますにゃん」

 花柄のエプロンをつけたギャビーに元気よくよびかけられて、幹生は目をぱちくりさせました。

「ど、どこにだい?」

「着いてからのお楽しみですよ」

 ギャビーが広大な雪の野原を転がるように、ほっほこ走っていきます。幹生もあわてておいかけます。

「おっ、すごいや。ほんやら洞があるぞ」

 ぽっかりくりぬかれた穴から中に入ると、おしゃれなキッチンがありました。

「さっそくつくりましょう」

 ギャビーがステップ台にのって、おなべに牛乳と生クリームを注ぎます。火にかけて軽く温めると、エプロンのポケットから板チョコを出しました。細かくわって、おなべの中に少しずつ入れていきます。

(うーむ、何をつくろうっていうんだ?)

 ぽかんと口を開ける幹生のそばで、ギャビーがゴムベラを持ってかきまぜます。竹かごからいちごをつまんで、銀色のスティックにさしました。

「なるほど、わかったぞ。チョコフォンデュか」

 幹生はパチンと指を鳴らして、手ぶくろを外しました。トレイにみかん色のろうそくを立てて、コートのポケットから小びんを取り出します。

「かくし味に、これをちょびっと入れよう」

 陽気におなべにふりかけたのは、数滴のコニャック。丸いいちごにとろとろのチョコレートをからめて、ぱくっとかじります。

「とても上品な味わいだな。こんなおいしいチョコレート、初めて食べたよ」

「ほんと、しあわせだみゃあー」

 ギャビーが目をとろんとさせて、幹生もうっとりまぶたを閉じました。

  コトコト クツクツクツ  

ガタン ゴトン ゴトゴトゴト――

 心地よいおなべの音にまじって、さっそうと電車がかけ走ります。まぶしい朝焼けをうつしたようなオレンジ色の車両を見送って、幹生はにっこりほほえみました。

「元にもどったようだな」

 電気も、ストーブも、ばっちりついています。テーブルの上のろうそくは、もうすっかり燃えつきてしまっています。

「いや、まてよ。ほんやら洞の中に置いてきたんだっけかな」

 幹生はぼそぼそつぶやいて、ぱっと顔を輝かせました。

「あっ、いいことを思いついたぞ」

 かきかけのスケッチブックをめくって、ぴんと背筋をのばします。

 あざやかな色えんぴつを順番ににぎって、チョコレートフォンデュを楽しむおさないぼうやの姿をていねいに描いていきます。もちろん、ギャビーもいっしょ。

 みかん色にぬったろうそくのほのあかりが、ぴっかぴかの笑顔をてらします。

「よし、うまくできたぞ」

 幹生は満足げにさけぶと、ビシッとスーツをはおりました。ギャビーは座布団の上にねそべって、チョコレートのようなあまい寝息を立てています。

「ギャビー、ありがとな」

 ぬくぬくした毛布をふんわりかけてあげて、そっとささやきます。

「精いっぱいがんばってくるよ。ぐっすりおやすみ」

 大切そうにスケッチブックをかかえて、部屋からこっそりぬけ出しました。階段をトントンおりて、足取り軽く会社に向かいます。

 

(了)